火影様に、ミズキにかけられた封印術を解いてもらった俺は、ひとまず今日の所は体を休めるという名目をもらって自宅に帰ることになった。居合わせたアスマ先生に送ってもらうことになって、自宅に着いた俺は、アスマ先生に今までの事情を話すことにした。
アスマ先生もそれを期待していたのか、あっさりと俺の話を聞くことを了承してくれた。
茶を出しての話しは結構長くなって、話し始めた頃はまだ明るかった外も、話し終わった頃には、真っ暗になっていた。

「そうか、ミズキの奴がそんな術をかけてたとはなあ。俺はてっきり自己暗示をかけてカカシの野郎を忘れたかったんだと思ってよ。すまなかったなあ。」

「いえ、元はと言えばミズキに油断をしていた俺が悪いんですし。きっと巧妙に自己暗示をしたように見せかけるように施術したんでしょう。だから綱手様のように医療のスペシャリストでないと見破れなかった。本当に綱手様には感謝してもし足りません。」

俺は茶をすすった。本当はカカシに一刻も早く事情を説明して、誤解を解いて、そして願わくば、まだ俺のことが特別だと思っているのならば、いや、そんなことは関係ない。俺は、カカシが好きなんだから。

「で、結局お前はカカシのことが好きなんだろ?」

そうあからさまに言われてしまっては否定することもできない。
俺は頷いた。

「なんだ、両想いなんじゃねえか。やっぱり俺はお前らのノロケにつき合わされた道化だったわけだ。貧乏くじ引いたぜ。」

アスマ先生はそう言ってがはは、と笑った。
俺が自己暗示をかけたということになってから、アスマ先生は本当に迷惑かけた。こうやって明るい笑顔を見せてくれたのは本当に久しぶりだった。

「そういやあ、術がかけられてた間のことは覚えているのか?」

「ええ、覚えていますよ。記憶のない俺とカカシ、なかなか微妙な関係だったようですね。」

「そうだなあ、かなり悩んでたみたいだからななあ。ま、任務から帰ってきたら好物でも作ってやってご機嫌取ってやりあ一日で機嫌もよくなるだろうよ。」
なんせあのイルカ馬鹿のカカシさんだからよ。
と言ってアスマ先生は立ち上がった。

「じゃ、俺はお暇するぜ。任務帰りで汚れたかっこのまま来ちまって悪かったな。」

「いえ、話しを聞いていただいてありがとうございました。おかげで自分の中で整理ができましたから。」

そいつは良かった、とアスマ先生は笑うと帰っていった。
俺は一人残された自宅のベッドに寝ころぶと、記憶のなくなってしまった俺に対するカカシの行動を振り返っていた。
記憶がないと分かってがっくりして逃げ出して、でも話しかけたら嬉しそうにしてくれて、一緒にご飯を食べると穏やかな空気を作ってくれて、俺が居心地のいいようにしていてくれたように思う。
記憶のない俺は、カカシを好きになって、でもカカシはそんな俺を拒んで。
苦しい思いをさせたんだろうなあ。俺だったら、きっと相手のことを罵倒して、泣いてすがって、困らせてしまうだろう。でもカカシは優しくて、記憶のない俺に対しても優しかった。
そして、あいつは逃げ出した。ったく、元暗部のくせに、へたれめ。
でも、泣いていた。最後に見たカカシは、今まで見せたことのない涙を流して、俺に謝っていた。謝るべきなのは俺の方だったのに。
ごめんな、カカシ。ごめん。
俺はベッドの中でひたすらカカシに謝っていた。
そして考えた。今度会う時は、絶対に笑顔で迎えてやろう。カカシが喜ぶようにしてやろう、と。
そして、火影様に蝶々の式を習って、カカシがいつ帰ってくるかを指折り数えて待った。
カカシの任務は結構大がかりなものだったらしく、三ヶ月もかかってしまうとのことだった。その間にサスケ奪回班のみんなの怪我も治り、ナルトは自来也様に師事して里を離れ、サクラは火影様に弟子入りした。
アカデミーは再開され、俺は教師として日々を過ごす。
そうした、比較的忙しいながらも穏やかな日々が過ぎたある日、昼飯を食べるためにアカデミーの裏庭へとやってきた俺は、待ち望んでいた人物の寝転がった姿を発見した。
こんな所で昼寝しやがって、でも、それだけ疲れていたんだろう。
カカシ、と小さく呟いて、起こしてはいけないからとその場からそっと離れた。
そしてその日の夕方、家に帰って飯の支度もあと少しで整うという段階になって、俺は火影様から教えてもらった古式の式の印を結んでいった。
カカシのように、小さくて真っ白なものは、結局何度やってもできなくて、黄色くて、少々大きめのモンシロチョウができあがった。まあまあいい状態だ。
そして俺はその式に言葉を吹き込むとカカシに向かって放った。

 

カカシはしばらくしてやってきた。ドアの前で躊躇しているのが分かって、今までそんなことしたことなかったのに、やっぱり俺のせいなんだな、と思うと心苦しくも感じたが、カカシが自らドアを開けるのを待った。
そしてやっとノックの音がして、俺は思わず自分でドアを開けてしまった。
満面の笑みで迎えてやる。お疲れ様、と労って、記憶が戻っているってことをめいいっぱい伝えてやると、カカシは額宛も口布も取り払って、本当に、それはそれは嬉しそうにただいま、と言ったのだった。
俺はなんだか訳もなく泣きそうになって慌てて台所へと引っ込んだ。
それからカカシの好きなものばかりを並べた夕食を平らげて、俺はカカシに向かって土下座した。こんなことではおさまらないくらい、俺はお前を傷つけた。こんなんで許してもらえるとは、いや、カカシの負った傷がなくなるとは思わないけど、せずにはいられなかった。
カカシはすぐに俺に頭を上げてほしいと、そんなことはしなくていいと言ってきた。そして、友達の状態に戻りたいと言ってきた。
俺は、切れた。
お前はそれでいいのかよ、と、切れた。
俺は嫌だった。ミズキに殺されそうになった時、俺はカカシのことしか思い浮かばなかった。他には何も頭になかった。カカシだけが俺の中で死んでも死にきれない最後の命綱だった。それなのに今更友達になんか戻りたくなかった。
そう思ったら、自分のことは棚に上げて怒りでカカシを睨み付けていた。
カカシは俺の様子の変わりようにこちらを伺っている。

「カカシ、俺は友達だなんてもう思わねえよ。」

言うとカカシはひどく悲しそうな顔をして、だが、泣くことはなかった。どこかで納得しているような、そんな諦めにも似た様子がありありと見て取れて、やっぱりこういう風にさせちまったのは俺なんだな、なんて悔しくて悔しくて、そんな自分に腹が立って仕方なかった。
だから、カカシが無言で立ち上がろうとした時、俺はすぐさまカカシの腕をつかんで強引に引っ張った。そして、玄米茶の味が残るカカシの唇に無理矢理自分の唇を重ね合わせた。

キスの仕方なんか知らない。けど、カカシとは友達なんかじゃなくて、もっともっと大切な所にいる存在だってのを伝えたくて。
諦めないでほしい。俺は、お前のことが好きなのに。

「カカシが、好きなんだ。」

言えば、カカシは本当に驚いて、と、言うか俺がキスしたことにすら驚いていたのに、二度のショックでもうこれ以上はない程に目を見開いて俺を凝視ていた。
そこまで見られると却って落ち込みそうだ。

「でも、イルカは、その、」

まあ、言いたいことも分かるよ。今まで散々な目に遭ってきたもんな。ここで素直に俺の言うことが聞けない体質になってしまったカカシを責める権利、俺にはない。信じられないって顔に書いてあるのを怒れるはずもない。

「あのさ、俺が記憶を失ったのは自己暗示のせいじゃねえよ。」

「え、嘘。だって、アスマが、」

「ナルトを使って禁術を持ち出そうとしてたミズキの事件って知ってるか?」

カカシは頷いた。

「その時に俺もその場にいたんだけど、ミズキは医療忍術に詳しい奴で、油断している時に封印術をかけられたんだ。ミズキの狙いは俺の一番大切な人間の記憶を消すこと。ミズキは俺の中で一番大切な人間がナルトだって思ったんだろうなあ。まあ、それまでのミズキとの口論で、俺はナルトを特別扱いしてるような言動してたから、勘違いしたのも頷けるけど。それでナルトの記憶がない俺がナルトの精神崩壊に繋がって九尾の力を覚醒させて里をめちゃくちゃにさせてやろうって魂胆だったらしいんだが、ミズキの予想は外れたわけだ。だって、消えたのはカカシ、お前の記憶だっだろ?」

カカシは俺の説明に呆然としている。

「でも、だってアスマは病院で調べてもらったって、そこで自己暗示だって診断を受けたって。」

「後で火影様に聞いたんだが、この封印術は自己暗示に見せかけて封印術と分からないように施術する特徴があって、見極めるのが困難なんだそうだ。火影様レベルでないと判別は難しかったろうって。」

お互い向かい合って座っていたが、正面のカカシは泣きそうな、それでいてすごく嬉しそうな笑顔になった。

「イルカが好きだ。好きなんだ。」

カカシは俺に抱きついてきた。ああ、そう言えば記憶のない時でも俺を抱きしめたいと言ってきたくせに結局は抱きしめようとすらしなかったな、なんて思い出したりした。
俺はカカシの背中をぽんぽんと軽く叩いてやった。

「忘れてごめんな。もう、絶対忘れないから。」

「うん、もう、忘れないで。」

カカシはそう言って俺に優しく触れるだけのキスをした。
真っ赤になっているであろう俺に向かってへへ、と子どものように笑うカカシを、やっぱり怒ることはできず、不意打ちは卑怯だぜ、とデコピンしてやった。